㉝『米津玄師』

2025.7.10
私は、米津玄師さんのファンだった。 今のように大きく売れる前、まだ静かに活動していたころのアルバムが特に好きだった。 ファースト、セカンド、サード──どれも個性があって、宝物のような曲が詰まっている。
ファーストアルバムには、私の好きな「あめふり婦人」「ディスコバルーン」「恋と病熱」「心像放映」など、 綺麗で、少し不思議で、どこかカッコいい曲が並んでいた。 あの頃の米津さんは、言葉の選び方も独特で、世界観にぐっと引き込まれた。
セカンドアルバムには「アイネクライネ」や「しとど晴天大迷惑」「海と山椒魚」など、 今でも多くの人に愛されている曲が入っている。 聴くたびに、当時の空気や気持ちがふっと蘇る。
サードアルバムあたりから、少し変化が見え始めた。 難しい言葉をあまり使わなくなり、曲調も明るくなったように感じた。 雑誌やテレビに出る機会も増えて、世の中に広く知られるようになった。 売れていく姿を見るのは、なんだか自分のことのように嬉しかった。
米津玄師さんは、もともと「ハチ」という名義で活動していた。 「マトリョシカ」や「パンダヒーロー」が人気で、私が高校生のころはボーカロイド界隈がとても賑やかだった。 遊び半分で曲を作っているような人も多くて、自由で、勢いがあって、面白い曲がたくさん生まれていた。
ゴールデンボンバーの鬼龍院翔さんも「キリP」という名義で曲を作っていたと聞いた。 センスが良くて、カッコいい曲が多かった。 あの頃のボカロ文化は、どこか手作り感があって、熱があって、聴いていてワクワクした。
今のボーカロイドは、少し“仕事”のように見えてしまうことがある。 完成度は高いけれど、昔のような遊び心や勢いが少し薄れたようにも感じる。 もちろん、これは私の思い出補正かもしれない。 でも、高校生のころの会話の中で自然と人気が分かってしまうあの感じは、今でも忘れられない。
もっといい曲がまた生まれてくれたら嬉しい。 あの頃のように、心を掴まれる曲に出会える日を、今もどこかで期待している。

