⑳『母の弟』

両親 2025.7.2
昨日か一昨日あたり、
両親が来てくれました。
母は、
いくつか荷物を持ってきてくれました。
それだけのことなのに、
胸の奥が少しあたたかくなりました。
股関節が痛いと言っていたのに、
重たい荷物を持ってきてくれたことを思うと、
ありがたい気持ちと同時に、
無理をさせてしまったかな、
という心配も浮かびます。
父は、
今日入院して手術を受ける予定があるのに、
車を運転して来てくれていました。
正直、少し不安になりました。
でも、訪問看護さんから
「75歳くらいまでは運転している方も多いですよ」
と聞いて、
その言葉に、そっと気持ちを預けました。
両親の姿を見ていると、
感謝と心配が、
同時に心に浮かびます。
どちらか一方だけではなくて、
いつも一緒にあります。
最近、
まわりでも
「ここが痛い」とか
「病院に通っている」とか、
そういう話を耳にすることが増えました。
特別な出来事がなくても、
時間が進んでいることを、
静かに感じる瞬間が多くなった気がします。
その流れで、
弟の話も出ました。
弟は今、
茨城と東京を行ったり来たりしているそうです。
今はあまり多くを話さないけれど、
東京で、歯科技工士として
別の歯医者さんで働いていると聞きました。
都会のほうが合っているのかな、
そんなことを、
ふと思います。
弟は、
細かく連絡を取るタイプではなく、
自分で決めて、
自分で動いている人です。
その分、
今どこにいるのか、
はっきり分からないこともあります。
大丈夫かな、
と思う気持ちはあります。
でも、
それ以上のことは、
私には分かりません。
心配だからといって、
踏み込むわけでもなく、
距離を保ったまま、
気にかけています。
両親も、弟も、
それぞれの場所で、
それぞれの生活を続けています。
同じ家にいなくなって、
それぞれの時間が増えた分、
家族の形も、
少しずつ変わってきたのかもしれません。
離れて暮らしているからこそ、
見えることと、
見えなくなったことがあります。
全部を知ることはできないけれど、
全部を知らなくても、
思っていることはできる。
今の私は、
手を出すでもなく、
距離を詰めるでもなく、
ただ、見守る立場にいます。
それが、
今の家族との、
ちょうどいい距離なのだと思っています。
感謝も、心配も、
どちらも抱えたまま。
それぞれの生活が続いていくのを、
静かに見ています。

